祇園祭 2

2010年07月22日

鯉山です。

中国黄河の難所である龍門の滝を登り切って龍となった鯉が出世開運の神としてまつられたという中国の故事(登龍門)にちなんで作られた山です。

黒主山です。

謡曲「志賀」のなかで、六歌仙の1人、大友黒主が志賀の桜を眺めるさまをテーマにしています。

山伏山です。

山に飾るご神体が,山伏の姿をしていることから山伏山と呼ばれています。

四条傘鉾です。

応仁の乱以前に起源をもち、山鉾の非常に古い形態の一つである傘鉾の姿を現在に伝えているものです。

占出山です。

 鮎釣(あゆつり)山」とも呼ばれて親しまれています。

神功皇后が、夫の仲哀天皇の遺志を継いで外征に向かう途中、肥前国松浦で鮎を釣りあげて戦勝のしるしとした説話に基づいています。

金の烏帽子のご神体は右手に釣竿、左手に釣り上げた鮎を持っています。

船鉾です。

『日本書紀』に記される神功皇后(じんぐうこうごう)の新羅出船の説話が由来で,「出陣の船鉾」の別名を持ちます。

太子山です。

山鉾の真木は松が通例ですが、この山のみ杉を立てています。

聖徳太子が四天王寺を建立するさい、自らが良材を求め山に入り、老人に大杉の霊木を教えられ、六角堂をたてたことに由来しています。

長刀鉾です。

 「くじとらず」の名があるように、山鉾巡行の先頭を受け持つ鉾です。
命名は、鉾のてっぺんを飾った三条小鍛冶宗近作の大長刀によります。
宗近が娘の病気平癒を祈願して八坂神社に奉納したが、鎌倉期にある武人が愛用。
しかし何かと不思議が起こり、返納したといわれます。
大永2(1522)年、疫病がはやり、神託で長刀鉾町で飾ったところ、疫病は退散。
現在、稚児が乗る唯一の鉾です。

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