祇園祭 4

2010年07月24日

北観音山です。

“あとの祭り”の先頭を行く山で,「上り観音山」(のぼりかんのんやま)とも呼ばれます。

孟宗山です。

“筍山”(たけのこやま)とも呼ぶ。中国の史話からの取材で,二十四孝の一人,呉の国の孟宗が,雪の中,病気の母が欲しがる筍を探して歩き回り,とうとう掘り当てた姿を現しています。

木賊(とくさ)山です。

世阿弥の謡曲「木賊」から着想され、木賊刈りの老翁が別れた愛児を思いながら舞う場面を表現しています。

役行者山です。

御神体は役行者と一言主神、葛城神の3体。

修験道の創始者役行者が、一言主神をはじめ多くの鬼神を使って葛城山と大峰山の間に橋をかけたという伝承が主題になっています。

油天神山です。

町名(風早町,かざはやちょう)の由来である町内の公家・風早家の屋敷に祀られていた天神像=菅原道真を勧請(かんじょう)して建てられた山。

油小路通にあるところから油天神山と呼ばれるようになったが,勧請の日が丑の日だったため,牛天神山(うしてんじんやま)とも呼ばれます。

鈴鹿山です。

鈴鹿山は、旧東海道の難所・鈴鹿峠をいう。畿内と東国を結ぶ要衝として、歴史上のエピソードも多く商人を狙う盗賊が多かったことが、鬼が出る、に転化したようです。

この山の神・鈴鹿明神(瀬織津姫命)の伝説も鬼退治のおはなしです。

浄妙山です。

『平家物語』の宇治川の合戦から取材。
人形組の見事さや黒漆塗の橋桁に刺さる数本の矢など,見所満載の臨場感溢れる山です。

芦刈山です。

「芦刈山」の趣向は世阿弥作と言われる謡曲「芦刈」に基づき、《故あって妻と離ればなれになった男が難波の浦で芦を刈る姿》を現しています。

謡曲の筋書きは、この夫婦が3年ぶりに再会を果たして、和歌を詠み合い、相携えてめでたく都に戻るというものです。

蟷螂山です。

“かまきり山”とも呼び,屋根の上のからくりを施したカマキリがカマを振りあげて動きます。
 「蟷螂の斧を以て降車のわだちをふせがんと欲す」という中国の詩文にちなんだもので,自分の力をわきまえずに大敵に立ち向かうことで勇敢さを賞した中国の君子の故事に由来します。

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