平家物語を訪ねて<梅小路>

2012年04月10日

もともと、ここには八条大将と称された藤原保忠の伝領地があって大将町と呼ばれていました。

平安末期、平清盛の西八条第(にしはちじょうてい)といわれる邸宅が造営され、他の平家一門も邸宅を構えていました。

創立の年代ははっきりしませんが、平安時代後期の仁安年間頃と考えられています。

はっきりとした史料の初見は承安5年(1175)です。

治承5年(1181)平清盛の死後2日後に火災で焼失しました。

再建後も寿永2年(1183)平家一門が木曽義仲に追われる際に平家自ら焼失させたと考えられています。

梅小路公園の芝生広場やJRの線路などに重なる場所が西八条第に当たります。

梅小路公園は平安遷都1200年を記念して1995(平成7年)にオープンしましたが、埋蔵文化財の発掘調査で西八条第と見られる遺構が発見されました。

このため、公園敷地には市営地下鉄などの工事で生じた残土を盛り、遺構を壊さないように造成されました。

梅小路公園の地形は、平安時代とも関係しているのです。

平成24年に水族館が作られるなどと、平家一門は思ってもみなかったでしょう。

平清盛もびっくりです。きっと。

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