2014年05月26日
新緑に囲まれたくさんの人がボート遊びをするうららかな日差しの中、嵐山・渡月橋の西岸をひたすら北へ向かって歩いていくと・・・
こんな看板がひんぱんに立てられており、否が応でも目に入り気になります(笑)。
ほんまに絶景なんやろか・・・
真正面から「絶景」と謳われるとちょっと疑いたくなるような・・・しかも手書きで。しかもGREAT VIEWだなんて。(ごめんなさい)
旅館「ほしのや」の少し手前、ようやく大悲閣「千光寺」の参道にたどり着きました。
ここから山登りが始まります^^;
気持ちいい新緑に囲まれた参道ですが、階段がずーっと続いています。
やっぱり「絶景」に行き着くにはだいぶ登らないといけないんだろうなぁ~
やっとお寺に着きました。
本当にここからなら保津川や京都市内も一望できますね!
本堂へお参りしてから、早速展望室?へ行くことに。
このお寺は保津川開削工事で亡くなられた方々を弔うために角倉了以の意向で建立されたお寺です。
豪商であった角倉了以は、幼い頃からの願いであった保津川治水に惜しげもなく私財を投じます。
工事は困難を極め、たくさんの人が犠牲になったと言われます。
そんな中、了以は危険な現場にも自ら率先して仕事にあたったと言います。
そして、開削工事が完成しても了以は犠牲になった人々のことを忘れはしませんでした。
その人々を弔うためにこの寺を建てたのです。
保津川が治水され、丹波地方の農作物などが容易に都に運搬されるようになり、京都が発展して言ったのは言うまでもありません。
保津川下りもなかったでしょうし、了以の功績は計り知れないものがありますね。
肝心の「絶景」ですが、突き出した縁側に出るのは勇気が要りますが、本当に絶景でした!
保津川の屋形船がこんな上のほうから見られます。
足がゾクゾクしてくるような高さです。
高い所が苦手な人はちょっと怖いかもですね。
角倉了以はその後に高瀬川の開削もし、京都の発展に大いに貢献されました。
ただお金があったから、ということだけではなかったと思います。
優れた土木技量とどんな困難にも立ち向かう意志と生まれ育った京都への愛、そして人々への思いやりにあふれた人物だからこそ成し得たのではないかと思います。
私は、そんな了以をリスペクトしています。
そして、この寺の存在がもう少し広く知られればな、と思います。
保津川下り 亀岡~嵐山
紫陽花の寺 岩船寺
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